2005/6/18

金融経済教育と人間の価値観の確立

 

 今回は少し投資教育についてです。本当は一度、某メルマガで出したものなのですが、比較的内容がしっかりしていたので、こちらでも載せさせていただきます。
 金融庁では、「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げ、市場の整備を進めていますね。その中の一つの仕組みが、金融経済教育です。リスク商品に対して知識のない人たちに、知識を習得していただく機会をいかに提供するか。これは、金融改革プログラムの中にも盛り込まれるようです。
 でも、こういった話が出たときにいつも思うのが、教育にはいくつかの段階があるということです。

 どうしても、「貯蓄から投資へ」という流れの中では、いきなり投資や投機の投資スキルやノウハウの教育に、議論が集中してしまいがちですが、まず、学ぶべきことは、「お金の意味」ではないでしょうか。
 なぜ、おかねがは存在するのか。お金を使うとは、どういう意味を持ち、どういう影響を自分と社会にもたらすのか。

 そして、お金を得るにはどうしたら良いのか。さらにこういった、基本的な社会の仕組みと自分自身の立ち位置や価値観のようなものを学ばなければ、投資や投機を有効に活用することは難しいのではないでしょうか。
 包丁は板前さんが使えば、魚もさばければ、素晴らしい料理も作ることができます。でも、モラルのない人間が使えば凶器にもなります。ようは使い方をキチンと教えるかどうかです。

 そこで、話を戻すと、何から始めるべきかというと、金融経済を知識としてではなく、人生を豊かにするための実践的な智恵として身につける機会を作ることだと思います。
 まず、それには一人一人の人間が、自分自身の価値観を磨くことです。

 全ての行動には、本来、その人なりの基準があるはずです。人に言われるがままではなく、自分の意思で行動するための基準。それは、人から人へ、大人から子供へ、親から子へと、日々の生活を通じて、伝えていくものではないかと思います。その意味でも、家庭での何気ない場面が全て教育の場面に変わります。

 例えば、親子での買い物では、親は、なぜ数ある商品の中から、この商品を選ぶのか説明できなくてはいけません。また、お小遣いをあげる場面では、なぜ、お小遣いをあげることができるのか、そのお金を稼いできた大人は、どんな価値のある仕事をしてお金をいただいてきたのか、そのことを伝えなくてはいけません。
 これは、子供に対して、親の価値観を伝える機会となります。それは、同時に親自身が、自分自身の価値観を見直す機会にもなります。

 こうした、一人一人の人間の価値観の確立や精神の自立がなければ、リスク社会を歩んでいくことは難しいと思います。
 ですから、投資の時代、投資の教育と時代の流れが変わってきておりますが、まだまだその前にやらなければいけないことがある気がするんですよね。   


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